名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3729号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(事故の原因)
<証拠>を綜合すれば、つぎの事実が認められる。
本件事故は、一二月二九日午後六時二〇分頃、知多郡知多町八幡字半田道一番地の一先の県道上で発生した。天候は晴、当時は日没の早い頃で附近のガソリンスタンドにある広告灯や計量器用の電灯は午後五時三〇分頃から点灯されていた。附近の状況は、名古屋市と半田市を結ぶ県道と西へ分れる小道(A道路という。)が三叉路を成している。県道は南北に通じ(南方が半田市方面北方が名古屋市方面)、巾員は車道舗装部分で8.0メートル平垣、直線状であり、A道路は県道から分れて上り坂になつて斜めに北西に曲つており、巾員は約3.0メートル、非舗装である。A道路の両側には竹・灌木などが茂つており、その上A道路の北側には高さ約2.0メートルのガソリンスタンド用コンクリート塀があるため左右の見透しは利かない。県道を北から南へ自動車で進行して来た場合にA道路の存在を発見し得る地点はA道路から約13.0メートル手前である。当時、コンクリート塀が県道に接する地点には四〇ワット四本から成る広告灯、ガソリンスタンドの計量器近くには四〇ワット三本から成るアイルランド灯基が点灯されていて県道を照していた。なお、午後六時二〇分頃という時刻は右県道において一日のうちでも交通量の多い時刻であつた。
被告櫻井は、自動三輪車(長さ5.165メートル、巾1.825メートル、車輛総重量3.875トン、積載定量2.0トン、総排気量1.861リットル、後輪制動式以下本件自動車という。)を運転し、これに0.3トンの鉄線を積載して時速四〇乃至四五キロメートルの速度で北から南へ向つて衝突地点近くにさしかかつた。なお、右県道における法令制限時速は六〇キロメートルであつた。本件自動車が衝突地点近くに来ると右県道の対向車線を南から北へ向つて進行する自動車があつたので、被告櫻井は前照灯を下向けにして対向車とすれ違つたのであるが、そのすれ違いの直後、自車の前方14.8メートル、県道の中央部地点で、無灯火のまま右折の姿勢をとつて県道を南の方へ曲ろうとしている自転車の被害者椰野錠平を発見した。同人を発見するや被告櫻井は突嗟に急ブレーキを踏みハンドルを左に切つた。しかしながらその措置も間に合わず、本件自動車の右バックミラーと右方向指示器の中間の部分が被害者錠平に衝突し、その衝撃で同人はその場に転倒し、本件自動車はさらに23.0メートル進行した後右側を下にして横転した。この間、被告櫻井が被害者錠平を発見してから衝突の時点までに右被害者が自転車で進行した距離は2.7メートル、本件自動車が残したスリップ痕は、右後輪が22.7メートル、左後輪が17.0メートルであつた。
以上の事実が認められる。
なお、前示のとおり、本件自動車の右後輪は22.7メートルもの長いスリップ痕を残しており、一般に、普通乗用車が本件のように乾燥した舗装道路で急停止の措置をとつた場合のスリップ痕の長さが右のように二二メートルを超えるような時には制動直前の自動車の速度は時速六〇キロメートルを超えるものであることは当裁判所に顕著なところであるから、右22.7メートルの長さだけを見ると、前示時速四〇乃四五キロメートルとの認定はできない筈のように考えられるけれども、22.7メートルと言つても後輪二輪が共にスリップしているのはそのうち17.0メートルだけであつて、その余の5.7メートルは右後輪一輪だけのスリップであり、また普通乗用車は前後輪四輪の制動式でブレーキを踏めば四輪に摩擦が生ずるのに反し本件自動車は後輪二輪だけの制動式であり、且つ、普通乗用車は一般に車輛総重量が1.5トン前後でそれに人が塔乗している程度であるのに対し、本件自動車の車輛総重量は3.875トン、それに0.3トンの鉄線を積載していたのであるから、これらの事実を考え合わせれば、前示22.7メートルのスリップ痕の長さも、さきの認定を妨げるところはないものというべきである。
右認定の事実によれば、被害者錠平は無灯火のまま下り坂のA道路を進行して来て、本件三叉路交差点で右折して県道を南進すべく、県道に進入するに際して徐行もしくは一旦停止などをすることによつて左右の安全を確めることもなく、そのまま県道上を北方に通過した自動車の直後を県道中央部地点へ進行して来ていたものと推認されるのであつて、本件事故はひとえに右被告者錠平の無暴な進入(道路交通法第三六条第二、三項違反)に起因し、被告櫻井に責めらるべき過失のかどはないものというべきである。蓋し、被告櫻井としては、前示認定の事情のもとでは、対向車とすれ違う際に更に速度を減じ若しくは徐行すべきであつたと認められないし、またいかに前方を注視していたとしても対向車のすぐ直後を突入して来た被害者を前示14.8メートルよりも更に手前で発見することは不可能であつたというべく、且つ、本件自動車の停止する場合の空走距離及び制動距離を考えれば14.8メートルの至近距離ですでに自動の前方に来ている被害者を発見した段階ではそれからいかなる措置をとつても最早衝突を回避することは不可能であつたに違いないと認められるからである。(被告櫻井は突嗟に急ブレーキを踏むとハンドルを左に切つており、この措置はこの場合衝突を避けるための唯一の方法というべきであるが、それでも矢張り衝突は避けられなかつた。)(藤井俊彦)